紡ぐ

和綿の種には細く短い繊維がしっかりとくっついています。まず、種から繊維を外し、固まっている繊維をほぐして、糸車で糸にします。糸車の輪についているハンドルを回すと、回転がつむと呼ばれる針状の鉄の棒に伝わり、つむが高速回転することでワタの繊維に撚りが掛かります。引き出した糸にさらに撚りを掛けることで、糸が強くなります。機械が発明されて産業革命が起こるまでの長い間、衣服を織るための糸はこのようにすべて人の手作業によって作られていました。

綿から糸を紡ぐ

①綿繰り(種を取り除く)

収穫した綿をよく乾燥させてから、種と繊維を分けます。

②綿打ち

繊維をほぐすために、綿打ちをします。
綿打ちには「唐弓」や「竹弓」を使います。

(丹羽正行氏提供)

③綿筒(じんき)作り

薄く広げた綿をはがきの大きさほどにちぎり、細い棒を芯にして筒状に巻きます。棒を抜いてできた棒状の綿を綿筒(じんき)といいます。

綿から糸を紡ぐ

糸車で糸を紡ぎます。糸車の左側に座って右手でハンドルを持ち、左手にじんきを持ちます。

糸車の名称

糸紡ぎの手順

①引く

綿筒(じんき)を左手に持って右手で
糸車を回しながら後ろに引きます。

②撚る

左手の指先で糸の部分をつまんで糸車を
回し、糸に撚りを掛けます。

③巻く

撚りが掛かった糸をつむに巻き取ります。

豆知識

おたねさん、出雲地方に糸紡ぎを習いに行く(1850年)

出雲ではとても速く糸を紡ぐことができるのを知って、行事村(今の行橋市)の
おたねさんはじめ女性4人と世話役の男性が出雲まで糸紡ぎを習いに出かけました。
2週間くらいの稽古でしたが、糸を今までの2倍の速さで紡げるようになりました。

「中村平左衛門日記」

手紡ぎ糸から機械紡績糸へ

18世紀にイギリスで始まった産業革命によって、機械による布・糸の大量生産が行われるようになりました。日本でも江戸時代の終わりに紡績機械を輸入し、明治時代になると機械紡績が盛んになりました。日本で作られていた綿は繊維が短いため、機械紡績に適しませんでした。また、輸入関税の廃止によって安価な外国の綿が大量に輸入されるようになり、日本の綿栽培は産業としてすたれました。明治時代になると、小倉織も機械紡績糸で織られました。